北條氏康

北條氏康

北條氏康は、相模の戦國大名で、後北条氏の第2代当主・北条氏綱の嫡男として生まれる。後北条氏第3代目当主である。
関東から山内・扇谷両上杉氏を追うなど、外征に実績を残すと共に、武田氏・今川氏との間に甲相駿三国同盟を結び、後世につながる民政制度を充実させるなど、政治的手腕も発揮したとされる。世間では相模の獅子と謳われていたようです。
事跡については後に掲げるつもりです。

 

時代
戦国時代
生誕
永正12年(1515年)
死没
元亀2年(1571年)10月3日
行年
57歳
幼名
伊豆千代丸
別名
新九郎
渾名
相模の獅子、相模の虎
官位
従五位上、相模守、左京大夫
氏族
伊勢氏、北條氏(桓武平氏維将流)
北條左京大夫氏綱
養珠院宗栄
兄弟
左京大夫氏康、彦九郎爲昌、左兵衛佐氏尭、大頂院殿(北條上總介綱成室)、浄心院(太田大和守資高室)、高源院(堀越貞基室)、芳春院(足利左兵衛督晴氏室)、ちよ(葛山備中守氏元室)、蒔田殿(吉良左兵衛督頼康室)
正室
瑞渓院(今川上總介氏親の娘)
側室
遠山康光室の姉妹
子供
新九郎、左京大夫氏政、陸奥守氏照(寛政氏輝)、安房守氏邦、美濃守氏規、左兵衛佐氏忠、上杉三郎景虎(上杉謙信養子)、左兵衛佐氏光、桂林院殿(武田四郎勝頼室)、浄光院殿(足利右兵衛佐義氏室)、七曲殿(北條常陸介氏繁室)、長林院殿(太田資正入道三楽室)、早川殿(今川上總介氏眞室)、尾崎殿(千葉千葉介親胤室)、種徳寺殿 (小笠原播磨守康廣室)、菊姫(里見刑部大輔義頼継室)、娘(千葉利胤室)

 

私観

後北條氏と言えばやはり北條早雲が思い出されますが、氏康は非常に政治手腕が長けていたようですね〜

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氏康は非常に政治手腕が長けていたようですね〜